命运的捉弄——连城三纪彦
初出:季刊sun.sun.
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译者:灯证
校对:豆包
译文仅供学习交流,请不要用于任何形式的盈利活动。
“丈夫他去旧金山出差了,月底才能回来。”麻江边说边把郁子没碰的蛋糕推向郁子,“请吃吧”。放在高级白瓷盘子的手没有立刻收回去。左手无名指上大粒钻石闪闪发光。是为了展示给我看才故意用的左手的吧,郁子如此想道。
“现在,我不吃甜食了,抱歉。”
郁子勉强保持着微笑,只说了这样的话。从郁子作为客人被请进这间位于首都中心的高级公寓的房间起,近三十分钟里,微笑是她唯一的武器。统一成淡奶色色调的客厅里,面对轻披着似是外国知名设计师设计的苔绿色薄毛衣的麻江,郁子穿着去年百货商店促销时边向团地隔壁主妇抱怨“一点也没便宜啊”,边买下的连衣裙,勉强借微笑维持住自尊。麻江仿佛看穿了郁子带来的伴手礼是从车站前的小西点店里买的蛋糕似的,“这个,虽然可能不太合你口味”,她说着拿出了东京最有名的店铺的蛋糕。秋日清澈的阳光透过窗户,蛋糕旁的红茶散发出芳香。
十年前情况完全相反。郁子在大学班里颇负才女之名。招男人喜欢的长相,时髦的衣服,灵活的头脑。郁子一直被环绕于男人们热烈目光当中,虽然她一直和麻江在一起,男人们总是只跟她一人说话。麻江总穿着像是刚从外地过来、土里土气的打扮,容貌也在普通以下。只有一点可取之处,那就是头脑淳朴到会被认为是不是傻,她对郁子只有羡慕之情,没有丝毫憎恶与嫉妒。她站在郁子身后,从未出过风头。虽然也不是没有男生说她“像孩子似的,这样很可爱”,但两人在一起时,听到的大多是“明星跟班”这样的话语。
但现在,两人立场发生了逆转,无论谁看到房间中的她们都会说“这是女主人和保姆啊”。成为部长夫人的麻江,可谓是女性在富裕生活中可以变得如何美丽的样本,郁子则是窘迫生活如何消损女性之美的模范样本。但是我丝毫不关心你钻石什么的哦——郁子的微笑传递出这样的话语。只要保持这微笑直到离开房间,我就没输,郁子这样告诉自己。
一周前,十年未见的麻江突然打来电话“之前的同学会你为什么没来啊。我期待会见到郁子才去的。喂,你来我家公寓玩一玩吧。”她说这话时声音中的洒脱与以前相比,判若两人。虽然听过传言,但从没想过她会过上这般豪华的生活。
“不吃甜食了,为什么啊?你体型跟以前比完全没变化啊,让人羡慕得很啊。”
麻江的视线宛如舔舐般上下打量着郁子因重了五公斤而变形的身体曲线,如此说道。
“而且我想郁子你一定会喜欢这个蛋糕,所以特地从银座买的,还记得吗?以前你连我那份都吃了——我好羡慕怎么吃都吃不胖的郁子你啊。”
麻江也面带笑容,但只有直视着郁子的眼睛里没有一丝笑意。现在没在说蛋糕的事。是在说十年前,大学四年里的那件事。
报复——
脑海中浮现这个词语。郁子觉得麻江是个善良的女人,所以直到现在还没发觉那件事,只是单纯邀请做客,但果然今天是来报复的。展示豪华的房间与钻石,炫耀自己的富裕与美丽,来报复那件事——郁子心想,今天和麻江见面就瞒着丈夫吧。也许丈夫只会嘴上“嗯”一声,但他心里一定会想“要是和麻江结婚就好了”。就像郁子这几年里心底不断回响“要是和麻江现在的丈夫谷津结婚就好了”一样。
宽阔客厅一角,响起了麻江四岁的孩子在轨道上跑新干线的声音。
道岔机——
郁子又想起了这个词语。
距离毕业还有半年,大学最后的秋天。那时候郁子和同级的恋人谷津频繁约会。他虽然是个怕生软弱、靠不住的男人,对郁子却相当积极主动。两人约会时麻江有时会混入其中。谷津太过沉默寡言,两人独处时有时会感觉难以忍受,所以邀请了郁子。郁子看到默默聆听着两个女孩间对话的谷津时,会对他略加体贴。麻江用羡慕的眼神注视着这对恋人,有一次,她突然说“现在网球部的部长向我提出了交往的请求,该怎么办才好。”郁子觉得麻江可能是因为太羡慕自己了才撒了谎,这才发现这个女孩也有爱面子的一面。于是过了一阵,就借口说自己没有看男人的眼光,想找郁子帮忙看看,介绍给她一位叫作岛田的青年。他像运动员般健壮而爽朗。在男人中算好一类的,甚至觉得配麻江有些浪费了。
郁子对岛田大打包票,所以麻江和他似乎就开始了交往。四个人也曾在喫茶店里约会,四人围坐在桌子旁,两对情侣彼此相对,但那天晚上郁子对偶然归路同方向的岛田发出了邀请“这周日去不去看电影”,两人就开始了交往。那天的事果然就是道岔机。已经确定入职一流银行的岛田与到了秋天还没有内定的谷津,无论是作为男人的价值,还是将来的人生,差距一目了然。
与岛田开始交往后不久,郁子和谷津就分手了。面对郁子分手的话语,谷津只回以从口中吐出的烟雾。因为他这男人到这时候也什么都不说,所以自己才不能爱他到底。郁子用这样的言语为自己的移情别恋辩解。
郁子和岛田的关系似乎也传入了麻江耳中。秋日将尽两人在校园中擦肩而过时,“虽然谷津说和你已经分手了”,麻江曾叫住郁子,“关于岛田他……我,有事要说……”麻江一边说着,一边一直悲伤地注视郁子。最后她什么都没说就背身跑开了。郁子和麻江的关系就此告终。
“实际上今天,我是有事要说才请你来的……”
麻江饮了口红茶,如此说道。但最后却用和十年前同样的眼神注视着郁子,什么都没有说出口。虽然容颜因为金钱和化妆已经成为了另一个人,但只有那眼中的神色没有任何改变。郁子过了十年,至今也没能忘却麻江那时既像是悲切又像是蔑视的眼神。
“你变漂亮了啊,这件外套很配你。”
郁子这样说道。十年前她就没能对麻江说出道歉的言语。如今也是一样,面对展示着自己的幸福、打算报复曾经往事、必定在拿郁子的不幸取乐的麻江,她也无法坦率地说出“对不起”。郁子打算借这句褒奖勉强当作道歉。
这种道歉有必要吗?郁子已然承受命运对她背叛友人、背叛谷津如此罪行的报复。与不惜背叛两人获得的岛田生下孩子前的一年,的确过得很幸福,但没过多久,他在银行里犯下微末小错,现在成了东京郊外一家小支行里的科长。也许是放弃未来了吧,他现在沉默寡言,总是背对着郁子,与从前判若两人。郁子怀上孩子的时候,听说谷津和麻江结婚了。传说谷津在临近毕业前夕确定进入商社,在那家商社里工作麻利得与大学时代简直不像一个人。那之后也听说他在那家商社破例升职,麻江成了部长夫人,郁子觉得团地里的狭窄房子也因此变得更加狭窄,丈夫的背影变得更加寒冷。但那也是以前把谷津和麻江两人踢开的惩罚。
“我原想对你道谢的……但是……”麻江依旧用那时的眼神如此说道。
对,没必要道歉,道谢也可以。多亏了郁子我背叛他们,麻江才可以得到谷津。虽然可能是同被背叛、同被甩开的两人牵起手的悲惨婚姻,现在远比郁子幸福——
就像是要打断郁子即将说出的话语一般,麻江露出笑容,“你要是喜欢这毛衣的话,我还有一件,给你吧。”这样说着就从房间里拿出同样的毛衣,“来,穿穿看吧。”郁子虽然拒绝,麻江依旧不断劝她,最后郁子不得不穿着这毛衣,站在镜子前。化上便宜的化妆品,脸不知不觉间也变得便宜了起来——
郁子看着被埋藏于毛衣高价中的脸,只能不断用微笑掩盖着自己的悲惨。镜中两人穿着相同的毛衣,可以简单看出两个女人人生的胜败。现在是郁子站在麻江身后。
“郁子真的没变过,跟以前一样漂亮啊。”麻江用充满胜者从容的声音如此说道。
不只是毛衣。花瓶、墙壁上的画、拖鞋、郁子夸奖的所有东西,麻江都会从容地说“送给你吧”。这种东西,我要多少都能买到,麻江的声音露骨地表现出这样的心理。
“你家小孩已经上小学了吧。那么这件西洋服装正好适合吧。虽然最近才买下的,对我家孩子还是太大了……你家小孩更大吧。”
麻江这样说着,拿外国制造的儿童服塞给郁子。郁子渐渐生起气来。虽说以前她抢走了麻江曾经的恋人,但非要炫耀到这种程度,这样塞给她东西吗——“我没理由收下啊。我也没那么穷。”
郁子脸上虽然笑着,却语带讽刺。麻江又是顶着那时的眼神,“我没打算这样,我只是……”
话虽如此,声音却有些僵硬。
是想说出“想道谢”这样的话吧。虽然麻江她被郁子抢走了恋人,因此被指派给了被郁子甩开的男人,但是多亏了这些,她才能变得幸福,她绝对是想这么说。
虽然郁子已下定决心不再和麻江见面,要是被问起现在丈夫的事,她打算撒谎说丈夫马上就要当上直属分行的行长,但是麻江从未触及这一话题。反而对话到处出现“丈夫出差海外,所以经常不在家”或者“就算在东京,回家也很迟,简直就像个寡妇啊”,透露出谷津有多出人头地。
“孩子一送到幼儿园的话,这房间也太空旷,太无聊了。”
麻江一边说着,一边笑脸中显露出不同于语言的得意之情。白蕾丝边的窗帘在秋风中摇曳。这样的窗帘想必自己一生都不会在那团地中的一间房间里装饰悬挂吧——想到这里,就觉得可笑。麻江要责备她也无可奈何,那天是自己亲手改换了人生的轨道,不知不觉间给予了麻江幸福的轨道,为自己选择了不幸的轨道——
尽管如此,郁子还是呆了将近一个小时,直到快要走出这房间依旧保持着微笑。直到麻江把郁子送到玄关,要将被拒绝的儿童服强塞进郁子手中时,郁子脸上的笑容消失了。
“你就这么想取笑我吗?”
不由自主脱口而出的话语中透露出迄今为止的忍耐,声音变得粗鲁起来。麻江激烈地摇头,打断了还想继续说下去的郁子。
“我只是——比起道谢,我更想道歉……”
“道歉?”
“毕竟,以前我从郁子手里抢走了谷津,郁子你为了泄愤才和岛田走到一起结婚的吧?我一直很内疚……这件儿童服,是我现在唯一能做到的道歉。实际上今天我就是为了这个请你来的,但我说不好……但是我受到惩罚了啊。我觉得谷津很有前途,所以明知道他是郁子你的恋人,还是接近了他。我的眼光的确没错,谷津出人头地了——但是他和秘书搞上了,现在说要和我离婚,这就是夺走朋友恋人的惩罚吧。”
“你抢走了?”
郁子离开那过于空旷的房间,回到自家团地狭窄屋子后,才理解这句话的含义。在郁子接近岛田以前,麻江就已经接近谷津了。先背叛的是麻江和谷津。郁子不知道这件事,不对,麻江也不知道郁子的背叛,她以为郁子是因为被谷津甩了才会和岛田接近,所以在那时候和十年后的今天,她想对郁子道歉却没能说出口——那天,本应是由谷津提分手的……。
但当时郁子还没明白。麻江为什么会说出自己不得不说出的话,郁子什么都不知道。
“但郁子看起来很幸福,我就安心了。”
面对着麻江如此话语,郁子呆呆地回答说:
“对啊,很幸福,毕竟只有出轨,我不用担心我家老公。”
以下为原文
「主人、ロスへ出張してて月末まで帰らないのよ」
麻江は言いながら、郁子が手をつけずにいるケーキを、「どうぞ」と言うように郁子の方へ押し出した。品のいい白磁の皿にかけた手をすぐには引っ込めなかった。左手である。薬指には大粒のダイヤが光っている。わざとそれを見せるために左手を使ったのだろう、郁子はそう思った。
「私、今甘いものやめてるの、ごめんなさい」
郁子は何とか微笑を保って、それだけを言った。微笑は、この都心の高級マンションの一室に、客として招き入れられてから三十分近く、郁子の唯一の武器だった。淡いクリーム色で統一された居間、その中で恐らくは外国の有名なデザイナーのものらしいモス·グリーンの薄手のセーターを軽やかにまとった麻江に、去年デパートのバーゲンで、「ちっとも安くなってないじゃないの」と団地の隣室の主婦と愚痴をこばしながら買ったワンピースを着た郁子は、何とかその徴笑でプライドを守っているのである。郁子が手土産に駅前の小きな洋菓子屋のケーキを買ってくるのを見透したように、「これ、おロに合わないかもしれないけど」東京で一番名の通った店のケーキを出してきた。ケーキの隣の紅茶が窓ごしの秋の澄んだ陽ざしに芳香をからませている。
十年前までは逆だった。大学のクラスで郁子は才媛として評判だった。男好きのする顔、洒落服、頭の回転の良さ。男たちの熱い眼差しにとり囲まれ、麻江といつも一緒だったが、男たちの声は郁子一人にかけられていた。麻江はいかにも地方から出てきたばかりという野暮ったい身裝で、顔も十人並み以下だった。ただ一つの取り柄は、頭が悪いのかと思えるはど純朴なことで、郁子のことも羡ましがりこそすれ、憎んだり妬んだりすることはなかった。郁子の肩陰にいて、出しゃばったりしない。「子供みたいであれで結構、可愛いよ」と言う男もいないことはなかったが、二人がいると大抵、「スターと付き人だな」そんな言葉が聞かれた。
それが今は、誰かがこの部屋にいる二人を見れば「女主人と家政婦だな」そう言われるに違いないほど立場は逆転している。部長夫人となった麻江は、女が豊かな暮らしでどれだけ美しくなるかのサンプルである、郁子の方はゆとりのない暮らしがどれだけ女をすり減らしてしまうかの好サンプルなのである。でもあなたのダイヤなんて何も気にならないのよ——郁子は微笑でそんな言葉を訴えていた。部屋を出るまでこの微笑を保ち続ければ、私の負けにはならない、そう言い聞かせていた。
一週間前、十年ぶりに突然麻江から電話がかかってきて「何故この前の同窓会いらっしゃらなかったの。私、郁子さんに会うの楽しみに出かけたのに。ねえ、一度マンションの方へ遊びに来てほしいわ」そう言った声も昔とは別人の洗練されたものだったし、噂に聞いではいたが、まさかこれほど豪華な生活をしているとは想像もしていなかった。
「甘いものやめてるって、どうして?昔と全然体型が変わったいないんだもの、羡ましいぐらいなのに」
五キロ肥って崩れた郁子の体の線をなめまわすように見て麻江は言った。
「それにこのケーキ郁子さんが好きだと思ってわざわざ銀座まで買いに行ったきたのよ。覚えてない?昔、私のぶんまでこのケーキ食ベちゃって——私、いくら食べても肥らない郁子さんのこと、羡ましかったわ」
麻江も笑顔である。だが郁子にじっとあててくる目だけは笑っていなかった。今のはケーキのことを言ったのではない。十年前、大学四年のあの事を言ったのだ。
仕返し——
その言葉が浮かんだ。人の好い娘だったからあの事も今ではもう気にしておらず、单純に誘ってくれただけかと思っていたが、やはり今日のことは仕返しなのだ。豪華な部屋やダイヤを見せびらかし、自分の今の豊かさや美しさを見せつけ、麻江はあの事の仕返しをしているのだ——今日麻江に会ったことは夫に内緒にしておこう、郁子はそうも思っだ。夫は、「ふーん」と言うだけだろうが、胸の中では「麻江の方と結婚しておけばよかったかな」そう眩くに違いない。この何年間か、郁子が、今麻江の夫となっている谷津と結婚しておけばよかった、絶えずその言葉を胸の底でくり返し続けたように——
広い居間の隅で、麻江の四つになる子供が新幹線をレールの上に走らせている音が響いていた。
転路機——
郁子にまた、その言葉が浮かんだ。
卒業を半年後にひかえた大学最後の秋だった。その頃郁子には谷津という同級生の恋人がいて頻繁に会っていた。谷津は人見知りする、線の細い頼りない男だったが、郁子にはかなり積極的な出方をしたのである。二人のデートに時々麻江が混ざることがあった。谷津は無口すぎる男なので、二人だけだと間がもたない時があるから郁子が誘った。女二人の会話を黙って聞いている谷津に郁子はちょっとした心遣いを見せる。そんな恋人同士を麻江は羡ましそうな目で見ていたが、ある時、不意に「私、今テニス部のキャプテンに交際申しこまれてるんだけどどうしょうかと思って」麻江がそう言ったことがある。郁子はそれを嘘だと思った。あまり羨ましがらせたので、この娘もちょっと見栄を張ったんだな、そう考えたのだが、しばらくして、自分には男を見る目がないから郁子に検分してほしいと言って、島田というその青年を麻江は郁子に紹介したのだった。スポーツマンらしい、逞しく快活な男である。男の部類としては上質であり、麻江には勿体ない気さえした。
郁子が太鼓判を押したので麻江は島田とつき合いらしいものを始めた。四人で喫茶店で会ったこともある。テーブルを挾んでそれぞれのカップルが対い合って座ったのだが、その晚偶然帰路の方向が同じになった島田に郁子の方から「今度の日曜日に映画を見に行きません」と誘い、二人の交際が始まったのだから、あの日のことはやはり転路機である。一流銀行に就職の決まった島田と、秋になってもまだ就職の内定していない谷津では、男としての価値にも将来の人生にも、はっきりと差が見えたのだった。
島田とつき合い出して間もなく、郁子は谷津と別れた。郁子の別れの言葉に、谷津の口から吐き出された煙草の煙だけが答えだった。こんな時に何も言えない男だから自分は愛しきれなかったのだ、他の男に乗り換えた後ろめたさに郁子はそんな言葉で弁解をした。
島田との関係は麻江の耳にも入ったらしい。秋の終わりに校庭ですれ違った際、麻江は郁子を呼びとめ、「谷津さんがあなたとは别れたって言ってたけど」そう言ったのである。そして、「島田さんのこと……私、言いたいことあるんだけど……」そう言いながら、ただ郁子を悲しそうに見つめるだけで、結局は何も言わず、背を向けて駆け出していった。麻江とはそれきりになった。
「本当は今日、私言いたいことがあって来てもらったんだけど……」
紅茶を一口飲んだ後、麻江はそう言ったが、結局、十年前のあの時と同じ目で郁子を見ただけで何も言わなかった。金と化粧とで顔は別人だったが、その目の色だけは変わっていない。郁子の方でもあの時の麻江の、悲しむような蔑むような目をその後十年忘れずにいた。
「綺麗になったわね、そのセーター似合うわ」
郁子はそう言った。十年前麻江には謝罪の言葉を言えなかった。今も、自分の幸福を見せびらかし、あの時の仕返しのつもりで郁子の不幸を楽しんでいるに違いない麻江に素直に「ごめんなさい」という言葉は出せない。その褒め言葉を何とか謝罪のつもりにした。
それに謝まる必要などあるのだろうか。友人を裏ぎり、谷津を裏ぎった罪の報復は既に運命に受けているのだ。二人を裏ぎってまで手に入れた島田とは、子供ができるまでの一年近くは確かに幸福だったものの、その後間もなく銀行でつまらないミスをし、今では東京のはずれの小さな支店の係長である。将来に見切りをつけたのか、この頃では昔とは別人の無口さで、背ばかり向けている。子供ができる頃、噂で卒業間際に商社への就職が决まり,その商社で大学時代とは見違えるほどバリバリと仕事をしていると言う谷津と麻江との結婚を聞いた。その後も谷津がその商社で異例の出世をしだと聞き、麻江が今では部長夫人だと聞さ、そのたびに団地のただでさえ狭い部屋が一層狭くなり、夫の背が冷たさを増すように思えたりもした。だが、それも昔谷津と麻江の二人を足蹴にした罰なのである。
「私、あなたにお礼を言いたかったのよ……でも……」
麻江は相変わらずのあの時の目のまま言った。
そう、謝まる必要などない、お礼を言われてもいいのだ。自分が裹ぎったおかげで麻江は谷津を手に入れることができたのだ。裏ぎられた者同士、振られた者同士が手を結んでの惨めな結婚だったかも知れないが、今は郁子をはるかにしのいで幸福になったのである——
郁子が何か言おうとするのを遮るように、麻江は笑顔になり、「このセーター気に入ったなら、もう一枚あるからさしあげるわ」そう言い奥から同じセーターをもってきて、「ねえ、着てみて」郁子が断るのに、しつこく誘い続け、結局郁子はそのセーターを着て鏡の前に立たされる破目になった。
安物の化粧品で、いつの間にか安物の顔になってしまったわ——
セーターの高価さに埋もれてしまう顔を見ながら、郁子はただ惨めさを微笑て何とかごまかし続けた。鏡に同じセーターを着て並ぶと、二人の女の人生の勝敗は簡単にわかった。今では郁子の方が、麻江の肩陰の位置である。
「郁子さん、本当、昔と変わらずに綺麗」
麻江は勝者の余裕たっぷりな声でそう言った。
セーターだけではない。花瓶、壁の絵画、スリッパ、郁子が褒めるものことごとくに、「さしあげましょうか」麻江は、余裕ある声を掛けてくる。これぐらいの物、私は幾らでも買えるのよ、そんな気持ちが露骨に表われた声だった。
「お宅、子供さんもう小学校よね。だったらちょうどこの洋服合うんじゃないかしら。この間デパートで買ったんだけど、ウチの子には大きすぎて……むこうの子供って大きいのね」
そう言って、外国製の子供服を押しつけてくる。郁子はだんだん腹が立ってきた。自分に昔恋人を奪われたとはいえ、ここまで今の幸福を見せびらかし、押しつけてこなくてもいいではないか——
「貰う理由ないわ。私、それほど貧乏してるわけじゃないのよ」
顔は笑っていたが、言葉は刺々しいるのになった。麻江はまたあの時の目になり、
「そんなつもりじゃないのよ、私はただ······」そう言ったが、声に硬ばったものが出た。
「ただお礼を言いたい」そう言おうとしたのだろう、郁子に恋人を奪われ、そのかわりに郁子に振られた男をあてがわれたが、でもそのおかげて幸せになったのだから,そう言いたいに違いない。
郁子はもう二度と麻江とは会わない決心だったから、もし今の夫のことを尋ねられたら、もうじき支店長になると噓を言うつもりだったが、麻江はそれについては一言も触れなかった。そのかわり、会話の端々に「主人、海外出張で留守ばかりなの」とか「東京にいても帰りが遅いでしょ、未亡人みたいなのよ」とか、谷津がどれほど出世したかを匂わせる。
「子供を保育園に送りだすと、この部屋も広すぎるだけで、退屈なの」
言いながら、笑顔は言葉とは裏腹に得意げな気持ちをあらわにした。白いレースのカーテンが秋風に揺れている。こんなカーテンを自分は生涯あの団地の一室に飾ることもないだろう——そう思うと、馬鹿馬鹿しくなってきた。麻江を責めても仕方がない、あの日人生のレールを切り換えたのは自分の手である、麻江に幸福なレールを与え、自分が不幸なレールを選んだとも知らず——
郁子はそれでも一時間近くが過ぎ、その部屋を出る間際まで微笑を保ち続けた。その微笑が顔から消えたのは、玄関まで送ってきた麻江が、断った子供服を無理矢理郁子の腕に押しつけてきた時である。
「そこまで私を笑いたいわけ?」
思わず口にした言葉は、それまでの我慢のぶんだけ、乱暴な声になった。続けようとした言葉を、だが麻江が激しく首を振って遮った。
「私はただ、お礼——というよりお詫びがしたくて……」
「お詫び?」
「だって昔、私、郁子さんから谷津を奪っちゃって、郁子さん、その腹いせに島田さんに近づいて結婚したんでしょ?ずっと後ろめたくて……この子供服、私に今できる唯一のお詫びなの。本当は今日そのつもりでお招びしたのに上手く言えなくて……でも私、罰受けたのよ、谷津の方が見込みがあると思って、それで郁子さんの恋人だとわかってて近づいたんだけど、確かに私の目に狂いはなくて、谷津は出世したけど——秘書とできちやって、今離婚してくれって言われてるの、友達の恋人なんか奪った罰なのよ」
「あなたが奪った?」
その言葉の意味がわかったのは広すぎるその部屋を出て、自分の団地の狭い部屋に戻ってからである。郁子が島田に近づく前に既に麻江が谷津に近づいていた。先に裹ぎったのは麻江と谷津の方だったのだ。郁子はそれを知らず、いや麻江の方も郁子の裏ぎりを知らず、郁子が島田に近づいたのを谷津に振られたためだと考え、あの時も、そして十年経った今日も郁子に詫びの言葉を言おうとしながら言えずにいたのだ——あの日,本当は谷津の方から别れ話が出るはずだった……
だがその場では郁子には何もわからなかった。自分の言わなければならない言葉を何故麻江が突然言い出したのかわからないまま、
「でも郁子さん幸せそうで安心したわ」
という麻江の言葉に、
「そうね、幸せなのね、ウチは浮気の心配だけはないみたいだから」
ぼんやりとそう答えていた。