【搬运/侵删】やがて来る〈危機〉の後のドラマ――濱口竜介論
伊藤元晴 2018年9月7日
0. 導入
この連載は「『新』時代の映像作家たち」と銘打たれているが、果たして私たちは「新しさ」についてどのくらいのことを知っているだろう。ある芸術作品がそれまでの作品にないなにかを持っているのだとしたら、その「新しさ」はどこからやってくるのだろう。そう、つまり新しさとは作り出されるのではなく偶然やってくるものなのだ。あるときはどれだけ待ってもやってこず、あるときは全くこちらの気も知らないで突然やってくるかもしれない。本稿はそんな新しさとの戦略的な出会いに取り組む一人の作家をめぐるものだ。
2014年、後に国内外での絶賛を獲得する濱口竜介監督『ハッピーアワー』(2015)の企画は神戸で17人のプロではない俳優を集めてのワークショップとして始まった。当初1ヶ月ほどの予定だった撮影は8ヶ月に延び、2時間半ほどを予定していた本編は5時間を超える超大作に仕上がる。おそらく企画者の誰一人、このような企画になるとは予測していなかっただろう。なぜこんなに長くなってしまったのか。なぜ監督は、当初予定されていた脚本を徐々に放棄し、そして作品はおそらく作り手さえ予想しなかった形に完成したのか。しかし、きっとそうでなければ「新しい作品」は出来上がらなかった。
『ハッピーアワー』がそれまでの作品になかった価値を持っているとすれば、おそらく度重なる脚本の改稿作業の中でもたらされた何かにそれは起因するだろう。脚本はもちろん、本作では3人の脚本家が書くのだが、それは多くの場合、なにかの伝えたいテーマのために書き出されるのではないだろう。もしくはそうしたテーマがあっても放棄されていくはずだ。何度も行われる改稿がその証拠だ。そうして作品とは自分がどんな作品であるか、つまりどんなテーマや意味や意義をもったものであるかわからないまま完成する。それはいわばシニフィエ(意味内容)を持たないシニフィアン(記号の表象そのもの)として生まれてくるのだ。そして生まれた後で、思いもよらなかったシニフィエを獲得する。それが新しさというものだ。
では、その中身のないシニフィアンはどのようにひねり出されるのだろうか。それを紐解くために、映画がまだ効率よくそのテーマを伝えることを目指していた時代に遡ろう。濱口が最も大きな影響を受けたと名を挙げる映画監督の一人に、ジョン・カサヴェテス(1929~1989)がいる。映画監督・塩田明彦はカサヴェテスとはいかなる作家であったか、その詳細な分析1をまず彼以前の古典ハリウッド映画の分析から始める。塩田はフリッツ・ラングの『復讐は俺に任せろ』(1953)を例に挙げ、「今や失われたハリウッド映画の話法」は「省略」と「行動」によって全てが語られたとする。
「映画には映画独自の言葉遣い、話法というものがあって、これまでも語ってきたように動線だとか、衣装や美術の設計だとか光の明暗だとか、とにかくありとあらゆる演出の技術と、それから作劇の技術が相まって、一つの世界を創り出していくんですね。その作劇と演出と演技が映画史上、もっとも単純かつ強力なかたちで結びつき合っていたのが、ハリウッドの古典的な話法というもの」2
形式的な語りは形式的な「シーン」と「キャラクター」の使用に由来する。これはアメリカ映画に限った話ではなく、ある程度成熟した物語の芸術には確固とした語りのコードがある3。そして、重要なことはカサヴェテスは、この原則をラディカルに崩す者として登場したということだ。塩田によれば彼は、「性格(=キャラクター)4ではなく「感情」を主役にし、「人間の感情の一挙手一投足にフォーカスを当てた」5。
なぜ、カサヴェテスはこのようなことをしたのか。このように問うとまるで、カサヴェテスが何かを企み、意図的に新しい方法論を立ち上げたかのようだが、本稿の見立てはそうではない。むしろなにかのはずみで彼の元に生まれた方法論が、それまでにはなかったリアリティを獲得したのではないか。
それは作られるのではなく、あたかも災害のようにやってくるのだ。ここに「新しさ」を巡るラディカルな契機がある。演出家はその新しさを待ち、誰よりも早く受け止め、作品によって意味を与えてそれ以外の大衆たる、観客一般に受け渡す役割を負うのだ。
本稿はその最も戦略的な見張り番として濱口竜介について分析するものであり、彼の特異性を際立たせるために何人かの物語芸術の作家に登場願う。第1章では、一つ目の見立てとして濱口も実践する脚本の特徴的な位置付けについて分析する。濱口は「電話帳のようにセリフを読」ませるという念入りな本読み6の実践者として知られているが、よりラディカルな脚本(=戯曲)の扱いを目指す作家として劇作家平田オリザと映画監督ロベール・ブレッソンを取り上げ、俳優が脚本に徹底的に従うことによってどのように作品が意味への開放性を持つのかを分析する。第2章では、先に取り上げたカサヴェテスと濱口の作品の比較を行い、別のやり方での作品の開放性と、濱口の特異性を浮き彫りにする。第3章では濱口の最新作『寝ても覚めても』(2018)を分析し、本稿の「新しさ」に関する問いに決着をつける。
濱口の作品での試みのいくつかは、彼が名前を挙げる古典映画の巨匠たちに先例を見ることもできる。つまりそれは「相対的には」新しくないものかもしれない。しかし彼の作風は、作っている本人にとってもどのように完成するかわからないという点において「絶対的に」新しいものであるはずだ。彼の作品の秘密を知ることは映画のみならず、私たちの日常生活に止むことのない新鮮さをもたらすだろう。本稿は、私たちの人生そのものを常に新鮮な「幸福な時間」へと変えるための試みとして開始される。
1. なぜセリフ通りに読むのか――平田オリザとロベール・ブレッソンの方法論
濱口は脚本のセリフを「電話帳のように」俳優に読ませる。これは一方では棒読みによって脚本が期待するような俳優が「キャラクター」の役目を、放棄・逸脱する行動ではあるが、もう一方では一字一句脚本のセリフを遵守することにもなる。
もう少し具体的に見よう。濱口がこの「電話帳」の先駆者として挙げる3人の監督がいる。ジャン・ルノワール、小津安二郎、ロベール・ブレッソンだ。ここでは予告通り、小津の発話の現代的な後継者である演劇作家・平田オリザとブレッソンの類似性について取り上げよう。この組み合わせを意外に思う方もいるかもしれない。映画と演劇をむやみに組み合わせて論じることも乱暴にも思われるかもしれない。しかし、この二人はある一つの問いにおいて必然的に重なりを持つ。それは、なぜ俳優は脚本の通りに発話せねばならぬのかという問いだ。やや長くなるが、濱口について論じるために、濱口から少し離れたところから話題を始める。
別の稿7で私たちは小津安二郎の奇妙な日本語の発話方法と、その現代的なアップデートとして平田オリザの演劇があることを確認した。小津映画の俳優の発話が不自然なほど平坦なことと、その延長で濱口にも「電話帳を読むような発話」が発見されることに異論はないだろう。平田は、アクセント構造の違いからヨーロッパ言語に比べて日本語がどうしても平坦に聞こえるとした。彼によれば、デフォルメされた小津映画の発話の不自然な平坦さは、外国人の耳で日本語を聞くときに生じる違和感の内面化だった8。小津の発話を「自然な平坦さ」にアップデートしたのが、彼の「現代口語演劇」といえるだろう。
また、平田演劇は即興を拒む。彼は、戯曲のない状況を用意すると俳優が自ら何かを表現しようとすることを指摘し、それを避けた上で自己表現以外なら俳優は舞台上で何をしてもよいという立場をとる。では、俳優が舞台上で何をしてもいいのであれば、「何をしている」ことが平田の作品のアイデンティティになるだろう。それは彼が書いたセリフを一字一句、正確に発話しているということに他ならない。つまり演出家平田の方法論とは、劇作家平田の仕事、戯曲に依存するのだ。平田の俳優に対する「何をしてもいい」は、「何もしなくてもいい」であり、何もしなければしないほど戯曲の仕事が際立つ。演出家平田は劇作家平田の仕事を生かすための「見張り番」なのだ。
「何をしてもいい」俳優が唯一してはいけない表現とは何か。平田は俳優が役を演じることの困難さを「郵便局員」の役の例をあげて説明している。舞台においては、「彼は郵便配達人だ」という命題は不可能で、「彼は郵便配達人のように見える」という命題だけが可能なのだ。だからこそ逆に、「郵便配達人のように見える」というその一点に頼って、俳優は自由を得ることができる。平田によれば、「郵便局員」役の俳優は郵便局員として見られることが重要なのであり、観客に「郵便局員」らしく見られさえすれば何をしてもいいとしている。一方で、平田が禁止するのは、俳優が「郵便局員」という役を記号的な動作として示すことだ。しかし、もう少しだけ平田が拒む俳優の自己表現というものを詳しく見てみよう。
明治期に日本で成立した新劇はスタニスラフスキー・システムという演技方法論を大きな拠り所にしていた。20世紀初頭、ロシアの演出家コンスタンチン・スタニスラフスキーは外面的で記号的なジェスチャーを排し、内面から沸き起こる喜怒哀楽の表出を重視した方法論を立ち上げ、ロシアリアリズム演劇の基礎を築いた。西洋人が発明した西洋の戯曲を上演するときの「リアリズム」が日本人にとって決して「リアル」ではなかったことは後に平田の「現代口語演劇」の動機になる。 もう一方、スタニスラフスキー・システムは映画にも大きな影響を与えた。ハリウッドの演技教育者リー・ストラスバーグはこのシステムを「メソッド演技」として映画に輸入。俳優の内面から感情が沸き起こるのを待つ間延びした表現が前時代の「語りの省略」に取って代わった。また、マーロン・ブランドのような代表的なメソッド演技俳優の成功で、「演劇的」記号表現に反発するはずだったスタニスラフスキー・システムもまた別の「スター俳優」という別の記号の定着に寄与する。平田演劇が拒んだ俳優の自己表現とは結局記号的ジェスチャーとスタニスラフスキー・システム、広義での演技の記号性だった。
こうした「表現」を拒む自身の演劇を平田は東洋思想に基づいて「無為」の表現だと主張している9。ここまでの議論を見ればそれは確かに理にかなっている。しかし、実務のレベルにおいて作品があるのだから何もしていないということはない。平田はなぜ日常の会話など真似せねばならず、何も表さない表現、シニフィエを持たないシニフィアンの試みは何を賭金に開始されるのだろう。彼の芝居に出る俳優は何に従っているのか、あるいはなぜ俳優は戯曲=脚本に従わねばならないのかという最初の問いに戻ろう。
脚本をセリフ通りに読む。その試みを映画で徹底的に実践したのがロベール・ブレッソンだ。先に「電話帳のようにセリフを読ませる」作家であることは触れたが、彼の俳優の扱いは群を抜いて独特だと言える。ブレッソンはプロの俳優を嫌い、「モデル」という演技素人の出演者にセリフから発話者の意図が消えるまで何度もセリフを読ませ、その意図が消えたショットだけを実際のカットに採用した。彼もまた平田同様「セリフ」のために俳優に「何もしないこと」を望んだ作家だった。一方、これは彼が熱心なカトリック教徒だったことと関係している。
三浦哲哉によるブレッソンとパスカル思想の比較分析10によれば、彼は厳格な不可知論者としてのカトリック教徒だった。彼は記録された映像のイメージそのものに価値を見出さず、編集を経たそれらのみ何らかの意味を持ちうると信じた。彼はそれを「私たちは謎 mystere をそのままに残しておかなければならない」という言葉で語る。つまり彼にとって映画は不可知でヴァーチャルな「謎」の準備だった。こうした態度は平田の「無為」の思想と符合し、カトリック志向はさらなる分析を可能にする。
三浦はブレッソンの「表象」に関わる「信」の問題をパスカルの「表徴」の理論によって読み解く。パスカルの『パンセ』では「旧約聖書」における「ノアの箱舟」の「表徴」が、教会制度を確立したあと「教会」という形で「受肉」する。つまり「受肉」とは先行するイメージについての遅れてくる正しい解釈のことだ。ブレッソンに置き換えれば、映画は「受肉」を待つ「ノアの小舟」の表徴=表象なのだ。
これを演技の面から考えてみよう。ブレッソンはなぜプロの俳優を、平田はなぜ俳優自身の自己表現を拒むのか。それは彼らが自分の作品を「受肉」へと開くためである。それはいつ開かれるのか。紛れもなくそれは上演(上映)の瞬間に、観客の複数の解釈へと開かれる。両者はその作品が正しい解釈を受けるまで誤ったバイアスにさらされないようにする見張り番なのだ。
議論を整理しよう。まず旧来の演劇に作品の内容を伝えるための記号的なジェスチャーがあり、それを映画的に方法論化した説話の効率を重視する古典ハリウッド映画があった。スタニスラフスキー・システム=メソッド演技はリアリズムのためにこれを解体し、内面の感情表現に特化したが、一方でそれはスターによる特定の感情表現の抽象記号となった。平田とブレッソンは記号的ジェスチャーもスタニスタフスキー・システムも拒む実践者としてある点では共通の演出方法に至った。
これは物語芸術をめぐる意味と解釈の追いかけっこの歴史なのだ。つまり、20世紀の映画・演劇を取り巻く「物語」芸術において、演技が脚本のいかにして作品が記号的意味性から逃げるかというのが一つの大きな命題であった。彼らにとって、脚本とは(またはブレッソンにおける編集とは)「正しく解釈」の「受肉」を待つものだった。
彼らの実践が俳優のセリフの棒読みによる「どの意味でもない」の実践であったとすれば、カサヴェテスはまた別の方法でこの問題に取り組んだ作家だった。次章はその実践を確認するところから始めよう。
2. なぜ脚本は一度、放棄されるのか――ジョン・カサヴェテスと濱口竜介について
序章で、カサヴェテスが感情表現によって古典ハリウッド的な「省略」と「行動」の語りから区別される作家だとしたことを思い出そう。ここまでの文脈から映画の感情表現について「メソッド演技」のことが想起されると思われるが、カサヴェテスは「メソッド演技」の批判者でもあった11。
先に挙げた塩田のカサヴェテス分析の慧眼は、カサヴェテスの感情表現と「メソッド演技」の区別にある。カサヴェテス映画の俳優の感情は単一ではないのだ。『ミニー&モスコウィッツ』(1971)では、女(ジーナ・ローランズ)が、愛人(カサヴェテス)と喧嘩するシーンでは、従来の脚本であれば、仲違いと仲直りの二つのブロックに分けて描かれるべきところを、「あんたなんか大嫌いだ」とシーンとしてひとつの結論が出たあとも数分続けて引き伸ばし、「帰らないで」と同じ俳優が言うまで撮り続ける。こうしてシーンの延長がキャラクターの感情の分裂を待ち、それが元々あった脚本のプロットを壊す。カサヴェテスの感情表現は、「メソッド演技」のように一つの感情たり得ない。つまり、感情表現の徹底によって「メソッド演技」を内部破壊するのがカサヴェテスなのだ。
平田オリザ(≒小津安二郎)、ロベール・ブレッソンとの対比で言うならば、ジョン・カサヴェテスもまた、作品を特定の意味から解放し、解釈へと開く作家だ。前者が「無為」や「不可知」によって「どんな意味でもない」作品を志すのだとすれば、後者は過剰に「どの意味でもある」ことによって特定の意味を持たないに至る。カサヴェテスとは、テーマにおいても方法においてもそれ以前の映画が「省略」し、捨て去ったものを拾い集める。彼は「捨てられない作家」なのだ。
『フェイシズ』(1968)の例を見よう。ここでは関係の冷え切った夫婦が互いに別々に過ごす36時間を描かれ、男女がそれぞれに浮気相手や娼婦とわめきちらしたり、踊りまわったり、セリフにならない言葉を喋り、ほとんど幼児退行的に振る舞う。
しかし、その奔放な方法論は作劇全体の構成においてはずいぶん保守的な構造に至ることになる。彼の作品の多くがその奔放さゆえに、ほとんど同じプロットを辿るのだ。彼の多くの作品では、まず登場人物たちが置かれた状況を提示され、彼らはなにかしらの非日常を経験し、もう一度スタートライン(多くの場合それは劇中の日常の生活である)に戻る。この「回帰パターン」は後ほど確認する、劇中で映画や演劇、ワークショップを多用する濱口の映画と酷似するのだが、まずカサヴェテスの特徴から、詳しく確認しよう。
「回帰パターン」はさらに二つに分けることができる。夫婦が寄りを戻すプロットだ。いくつかの彼の作品では夫婦や親子が主題となり、主人公が家庭を出ていき、また戻ってくる。『フェイシズ』と『ミニー&モスコウィッツ』(1971)では、一組の夫婦の仲が険悪になるところから始まり、別のパートナーとの人生を試みるがまた元の鞘に納まる。『ハズバンズ』(1970)では奔放な一夜を過ごした男たちが家庭に帰る。
もう一つは何かの危機や好機が物語の契機となり、主役がそれを回避しようとして失敗し、最初の結論に戻るパターンだ。『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』(1976)のコズモは賭博の借金でマフィアに殺される運命を背負い、借金のチャラをかけてマフィア「チャイニーズ・ブッキー」を暗殺するが、コズモが殺される運命は変えられない。『こわれゆく女』(1975)では精神に異常をきたした主婦メイベルは入院するも、結局症状は改善せず自宅に帰る。『オープニング・ナイト』(1978)で舞台の初日を控えた女優は交通事故を間近で目撃し、上演の危機に陥るが、最終的には無事に初日を迎える。『ラヴ・ストリームス』(1984)ではある姉弟が愛を追求しながら束の間の共同生活を送るが、結局は共に暮らすことを選べない。本作こそ「捨てられない」作家カサヴェテスの集大成だ。弟ロバートには恋人が多すぎ、姉スーザンは多すぎる荷物のせいで空港で立ち往生し、終盤二人が住む自宅に大小様々な二人が購入した動物が押し寄せ身動きが取れなくなる。省けないせいで、変化できないというのが彼の一貫したテーマで方法論なのだ12。
結論から言えば、濱口竜介とは、この相反するかに見える平田−ブレッソンとカサヴェテスの二つの方法論を行き来する作家なのではないだろうか。『ハッピーアワー』においてそれはワークショップという形式の中に顕著に現れる。つまり、ワークショップを通じて何度も脚本を改稿するという段階では濱口はある意味で(カサヴェテスのように)脚本を放棄する演出家として振舞うと言えるだろう。しかし、即興によってOKテイクを求めるということはせず、続いて仕上がった新しい脚本について、俳優に棒読みを求める。その作風は彼のフィルモグラフィー全体を通じて見られる特徴ではないだろうか。順番に見ていこう。
まずは、濱口とカサヴェテスの映画の相違点を確かめる。両者の作品は、ごく親しい間柄同士の心情の吐露によって物語が進行するという点でとてもよく似ている。また先述の通り、劇中に非日常的な出来事が起きたあと、もう一度日常に戻るという点でも似ている。しかし濱口のキャラクターは決してスタートラインには戻ってこない。
『何食わぬ顔』(2003)では映画の撮影に参加した女性が創作の醍醐味を知ってバイトを辞めてしまう。『PASSION』(2008)では、「本当のことしか言ってはいけないゲーム」をした男が恋人との婚約を解消する。『親密さ』(2012)では劇団の稽古と上演が描かれ、数年後に劇作家の男は傭兵に転職している。『不気味なものの肌に触れる』(2013)では舞踏の稽古に参加した少年が同級生の女子を殺害する。『ハッピーアワー』(2015)ではワークショップと朗読イベントに参加した女性たちが配偶者との関係を解消する。『天国はまだ遠い』(2016)では、降霊術のロールプレイをしたあと霊能者の男と女子高生の幽霊の関係が変化する。
濱口の作品では「非日常」がカサヴェテスのような「夜遊び」や「入院」や「事故」といった偶発のイベントではなく、「映画製作」や「演劇の稽古」「ワークショップ」といった自覚的に設定されたゲームとして登場することも特徴的だ。彼は日常の外を意図的に、呼び起こすのだ。それは作品が来るべき何かを受肉する準備なのだ。
『PASSION』では、「本当のことしか言ってはいけないゲーム」を同級生の若い男女が行うシーンがある。ゲームの末、男が「こんな女は一回ひっぱたいてやりゃあいい」と啖呵を切ると、女が「ひっぱたけば」と喧嘩を買い、「ひっぱたいたって変わんねえよ」「変わるかもしんないじゃん」「お前はそんなんじゃ変わんねえよ」「私じゃなくて、あんたがだよ」と続き、男が女をひっぱたく。その後、いがみあっていた二人が風呂場でシャワーを浴びながら格闘し、キスするに至る。セリフが行為を駆動し、そうして駆動された行為によって今回で言えば、ひっぱたかれた側もひっぱいた側も関係が変わる。こうしてやってくる劇的な次元を濱口は「はらわた」という言葉で説明する。
「制作の過程において大きな改稿が加えられた理由はおそらく二つに集約される。一つは「脚本が演者にふさわしくない」ということだ。(…)もう一つの理由は「より、望ましく、ドラマを語ること」だと言える。(…)脚本の改稿作業は、先述の二要素の葛藤とともに為された。執筆者には進行させたいドラマがある。正確にはドラマによって到達した異次元がある。それは日常には容易に現れない「はらわた」の次元だ。(…)脚本を改稿するとき、我々は行き会ったのは具体的な「演者のからだ」だった。(…)執筆者がどれだけ効果的にドラマを進行させる台詞を書き込みたいと望んでも「あの人の顔、体からこのような言葉が発されていることがどのようにも想像できない」という事態が発生する。執筆者は演者のからだの「言えなさ」に直面する。」13
映画そしてあらゆるドラマ一般と言ってもいいのかもしれないが、少なくとも濱口の映画においては二つの水準があるようだ。一つはその映画の中のリアリティをつくる、映画内の日常の水準であり、もう一つはその日常に潜在するありえない出来事、劇的な水準だ。濱口は後者を「はらわた」の次元と呼んでいる。濱口はそのような、日常に潜在したありえない自体も起こるのが現実だと強弁する14。ここで注目すべきはその「はらわた」の次元が脚本家に一方的に設定されるのではなく、現場での実践を経て再設定されていくものであるということだ。濱口は脚本の設定したドラマと俳優の身体とのずれである「恥」をテコにして、その「はらわた」の次元を軌道修正していく。そうして、作品が最終的に受肉する何かは再想定されていくのだ。
ここに私たちは、作品が私たちにもたらすであろう意味とか、テーマとか、シニフィエといったものが単なる情報ではないことに気づく必要がある。それはより効率よく手渡される何かの答えではなく、私たちがそれとどのように出会うかが重視される体験的なものなのだ。それゆえにここで論じている芸術家たちは、何を伝えるかではなく、どうそれを伝えるか、あるいはどのようにその体験を組織するかという戦略を練っていることに気がつくだろうか。
ブレッソンと平田においてその試みは、言葉や編集におけるイメージの連なりを徹底的に編み、「はらわた」の次元を実現しまいとする緊張のドラマを作り出した。カサヴェテスは、絶えずゆるやかにそうしたドラマの網目がほつれることによって、過剰な感情のホワイトノイズの中でその「はらわた」の次元と戯れることを可能にした。濱口は、その作劇と即興性とを行き来しながらより効率的な、やがて来る「新しさ」=「はらわた」との遭遇を策謀した。最後に彼の最新作である、初の商業映画での実践を見てみよう。そこで私たちは彼を通じてなぜ、私たちにフィクションが必要か、なぜ私たちは「はらわた」との遭遇をセッティングされねばならないかを知ることとなる。
3. なぜわたしたちには嘘が必要なのか――これからの濱口竜介について
「カイロス(kairos)」という時間の概念がある。古代ギリシャ語において、時計で計量可能な時間「クロノス(Kronos)」に対して、カイロスはクロノスの流れを断つ質的な時間、主に歴史的な決断や災害のことを指す。20世紀にそれは神学者ポール・J・ティリヒによって正式に理論化された。濱口映画の「はらわた」の次元とは劇中の日常としてある「クロノス」の中に現れる「カイロス」のことだ。そのように作劇することで、彼はフィクションを現実のクロノスにおける擬似のカイロスとして出現させる。
彼の新作『寝ても覚めても』(2018)は「恋」という最も凡庸でありふれた「カイロス」についての作品だ。そしてこの映画の「はらわた」の次元は麦という一人の奔放な青年に伴われて登場する。大学生の朝子は、大阪の国立国際美術館で開かれた牛腸茂雄の回顧展で麦という青年と突然出会い、恋に落ちる。二人は束の間の楽しい時間を過ごすが、ある日、麦は突然朝子の前から姿を消す。数年後、東京のカフェ「うにミラクル」でアルバイトしている朝子は、得意先のオフィスで麦にそっくりの青年亮平と出会う。亮平が麦のことを想起させるとして、何も言わず執拗に朝子は彼のことを拒むが、朝子の彼に対する意識が反対に伝わってしまい二人は付き合うことになる。再び時は流れ、朝子は麦が芸能人となってCMやドラマに出演するようになっていることを知る。自分が亮平と知り合ったのが麦のせいであると朝子は亮平に打ち明けるが、彼はあっさりと受け入れる。亮平の大阪への転勤が決まり、朝子は彼と共に引っ越すことに決めるが、麦はある日、彼女たちの食事の場に訪ねてきて朝子を連れ去ってしまう。
濱口はあきらかに同一人物である東出昌大が麦と亮平の一人二役を演じる本作について「あからさまな嘘」であるが、「それを信じますか信じませんかっていうところから始められるところがとてもいい」と語る15。それは本当に「とてもいい」ことだろうか。濱口竜介の映画における「いい」とはどのような状況を指しているのだろうか。
確かに、この映画はあからさまな嘘から始まる。麦と朝子が恋に落ちるシークエンスで、二人は言葉も交わさず突然見つめ合い、唇を重ねる。すると近くで鳴っていた爆竹の音は聞こえなくなり、音楽が流れ始める。二人がバイクで出かけ、カーブに失敗して転倒するも、怪我一つ負わない。二人がいればありえないことがどんどん実現していく。あからさまな嘘を信じて生きる関係として、二人の恋は始まる。
鑑賞者にはそれは亮平の眼を通して彼の受難として描かれる。麦のことを何一つ知らない亮平の前に朝子は突然、彼を拒む奇妙な人物として現れ、二人は恋に落ちる。朝子が彼を拒むことが最も重要なのだ。劇中で明確な理由は説明されないが、それは朝子が麦との思い出を思い出すからかもしれないし、麦のことを亮平に重ねるのが失礼だと感じるからかもしれない。もしくは、麦に潜在するなにか破滅的な要素を予感しているからかもしれない。実際に、麦が朝子の前から突然消えたように、朝子は亮平の眼の前で彼の元を去る。こうして朝子は亮平にとって一連の災厄となる。
二人が付き合うことになる最終的な外因は朝子が拒むことをやめる瞬間とともに訪れる。あさこは、亮平との連絡を絶ち、仕事を辞めて彼の前から一度姿を消す。しかし、亮平は彼女と会おうと共通の友人であるマヤが出演する舞台の観劇日を朝子が観劇すると言っていた日に変更する。しかし、会場に彼女は見当たらない。そしてその日にちょうど震災が起きる。亮平は他の多くの被災者と共に、混乱する街の雑踏を歩き回るうちに偶然、朝子と出会い、彼女と結ばれる。二人が決定的に恋に落ちる瞬間は正に災害としてやってくる。
「拒む」といえば、濱口は小津安二郎の映画『東京物語』の原節子演じる紀子について、彼女のキャラクターが「いいえ」というセリフに特徴付けられるとする興味深い論文を書いている16。濱口は、本作における紀子の「いいえ」というセリフを丁寧に辿り直し、亡くなった夫昌二の父親・周吉=笠智衆が「ええんじゃよ、忘れてくれて」と息子の話をするくだりで、「でも」「このままじゃいられないような」「寂しい」「何かを待っている」紀子=原の変化を受け入れようとする自分を隠す演技に注目している。そうして自分の本音を晒しそうになり、舅に「ええ人」と言われ、「とんでもない」と声を荒げる原を濱口は「自身の最も柔らかな秘部を晒すことの限界」と言い表し、それを正面からの位置で捉えた小津の手腕を「映画が映画であることの臨界」と評す。濱口は紀子を「『いいえ』を否定とし得ない」人物とするが、やはり、これは紀子のセリフが「いいえ」から「とんでもない」へと至る、否定によって自己を保とうとする紀子について論じた論考なのだ。
濱口が原節子の演技について述べた部分を引用しよう。
「私はその紀子=原節子の表情を見たときに『まるで自分のよう』に感じたのだ。他者から見たら笑って肯定し得る程度の「秘密」であることを理解しつつ、それを決して差し出せないこと、そのことが尚更恥ずかしく、しかしそれを勇気をもって差し出そうとして起こるすべての仕草の中に年齢・性別・生きた時代・あらゆるプロフィールの違いを超えて、私は自分自身のうちに在る最も高貴な一片を見せてもらったような、その存在を教えてもらったような気がするのだ。(…)「あらゆる人の中の私」をこの瞬間、原節子は垣間見せてくれているのではないか。」17
濱口が映画を見、映画を撮る理由がこの一節に現れているように思われる。やはり彼の映画には日常と、その日常を壊すべくやってくるほとんど災厄のような「はらわた」との二つの次元があり、それを受け入れると人は同一性を保てなくなって変化してしまうのだ。紀子にしても朝子にしても、その同一性を保とうとする否定の身振りの瞬間に、「あらゆる人」の内にある「最も高貴な一片」を表出させる。『寝ても覚めても』にはそうした内面での同一性の危機と、外面での生命の危機が災害として同時に訪れてしまうことを描いた作品という側面がある。
本稿における「新しさ」とはそうしてやがて災害のようにやってくる予期せぬ「カイロス」の時間なのだ。そこでフィクションとはどんな意味を持てるのか。フィクションとは、その災害を予期し、シニフィエとしての災害に備えるシニフィアンなのだ。私たちは嘘のような本当のことが起きた時、それに耐えるためにあらかじめ「あからさまな嘘」を信じる訓練をしている。濱口はそうしたやがて来る危機の「方舟」として「受肉」するようにと、脚本を改稿し、作品を磨きなおす。私たちには危機を乗り越えるためにいつもフィクションが必要だ。しかし、その最新の危機がやってくるその日までどのフィクションが本当に役立つかはわからない。濱口竜介とはその前線に立って、いつも世界の臨界を目の当たりにしようとする勇敢な芸術家の名だ。
では、濱口は我々にどんなメッセージを残すのか。本作を朝子の目線で見るならば「災厄」は二度起きている。1度目は麦との出会いとして彼女に降りかかり、そして2度目は震災を契機に彼女自らが亮平への災厄そのものとなる。「災厄」は起きるだけでなく、私たちも(そして私たちの親しい誰もが)また「災厄」になりうるということは注目に値する。
最後に帰ってきた朝子と川を眺める亮平の二人を映したショットはなんの答えも示さない。きっと二人は、そのように毎日止まることなく流れ続け、決して同じ形に止まることのない川の前の家で暮らしていくのだろう。亮平とともに観客には、挑戦が突きつけられる。あなたは、それでもなお変化し、信用ならず、ときに災厄となって私たちを滅ぼそうとする他人とともに暮らすことができるかと。その約束が結べるかと。濱口は勇敢な芸術家であるだけでなく、勇敢であることができるかと、観客にも問いかけるのだ。
〈参考文献〉
コンスタンチン・スタニスラフスキイ『俳優の仕事』全3部、山田肇訳、未來社、1955年
リー・ストラスバーグ『リー・ストラスバーグとアクターズスタジオの俳優たちーその実践の記録』ー、高山図南雄、さきえつや訳、劇書房、1984年
〈註〉
1 塩田明彦「映画術 この演出はなぜ心をつかむのか」イーストプレス、2014
2 同1 「古典ハリウッド映画」
3 定型化された「キャラクター」という文化について現代日本を生きる私たちは2000年を挟み、大塚英志から東浩紀へと引き継がれ「データベース消費」と呼ばれるようになった「キャラクター論」にそのより身近な例を見ることができる。ここでは、定型化されたキャラクターの身体的特徴、行動の特性がそのキャラクターが登場するフィクションのコンテンツから自立して消費されることに注目されている。本書で試みるのは、キャラクターを演じるのが生身の俳優であるがゆえの、キャラクター=役からの俳優の自立についての論である。
4 筆者加筆
5 同1「ジョン・カサヴェテスと神代辰巳」
6 https://www.nobodymag.com/interview/happyhour/index1.html#n
7 http://ecrito.fever.jp/20180613225042
8 平田オリザ「平田オリザの仕事シリーズ 現代口語演劇のために」1995年、晩聲社
9 同8
10「仕草とセリフは、たとえばそれが戯曲の実質をかたちづくるのと同じような仕方では、映画の実質をかたちづくることはできない。そうではなくて、或る映画の実質とは、仕草やセリフが喚起し、君のモデルたちのうちに模糊たるかたちで生み出されてゆくこの……事物、これらの事物たちであろう。君のキャメラはそれらを見て、記録する。かくしてわれわれは芝居を演じている俳優たちの複製写真から脱することができるのであり、それと同時に、新たなるエクリチュールとしてのシネマとグラフは発見の方法となるのだ。」ロベール・ブレッソン『シネマトグラフ覚書ー映画監督のノート』、松浦寿輝訳、1987年、筑摩書房より
三浦哲也「映画とは何か:フランス映画思想史」2014年、筑摩選書
11 船橋淳「Cinemascape2 人生の複雑さ受け止めるためにー反メソッド論」「10+1」2002年4月号、INAX出版
12 三浦哲也「ハッピーアワー論」羽鳥書店、2018年 における三浦の『ラヴ・ストリーム』についての分析を参照。
13 三浦哲也「ハッピーアワー論」羽鳥書店、2018年 における三浦の『ラヴ・ストリーム』についての分析を参照。
14 本誌インタビュー
15 本誌インタビュー
16 濱口竜介「『東京物語』の原節子」2016年、ユリイカ、2月号
17 濱口竜介「『東京物語』の原節子」2016年、ユリイカ、2月号