CREA 2016年12月号

和米基喝杯咖啡

来自: 和米基喝杯咖啡 2016-11-01 19:17:41

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    和米基喝杯咖啡 2016-12-05 19:04:50

    http://crea.bunshun.jp/articles/-/12034

    「東京するめクラブ」より、熊本再訪のご報告 (前篇)

    文=村上春樹

    今年4月のあの地震を間に挟んで、1年3カ月ぶりに目にする熊本市内はずいぶん様変わりしていた。まず最初に感じたのは、ずいぶん建物の数が減っているなということだった。まるで櫛の歯が抜け落ちたように、通りのあちこちに空き地が目につく。隣家を失ってむき出しになった建物の側壁も生々しかった。そしてコイン・パーキングの数がずいぶん増えたみたいだった。たぶん空き地にしておくよりは、ということで駐車場が増えたのだろう。だから街に全体的に「すかすかしている」という雰囲気が漂っている。そしてもちろん、まだ取り壊されていない(あるいは修復されていない)多くの傷ついた家屋があちこちに残されている。ほとんど倒壊寸前のものも少なくない。胸塞ぐ風景だ。

    熊本市在住の吉本由美さんは「大きな建物が突然なくなって、見慣れた風景ががらりと違うものになってしまって、そのことにとても驚かされる」と言っていたが、その気持ちはよくわかる。僕も阪神・淡路大震災のあとしばらくしてから神戸と芦屋を訪れて、「ああ、昔とはずいぶん眺めが違うものだな」と驚いたことを覚えている。それはもう僕が心の中にとどめている故郷の街ではなかった。たくさんの家屋が崩れて空き地になり、そこに新しい建物が建てられていく。古くからあったお店が消え、新しいお店が生まれる。そのようにして新しい街が作られていく。

    熊本の街を見ていると(今回は市内しか見られなかったけど)、そういう災害によって「傷つけられた街」のひりひりとした痛々しさを肌に感じるのは言うまでもないことだけど、それと同時に、それでも新しく再生していこうという「立ち上がる街」の新鮮な息吹のようなものを、そこかしこに感じとることもできた。

    あるいは人々の「平常復帰」への強い意志というか。

    楽しく盛り上がったチャリティー・イベント

    人の営みなんて、巨大な自然の前では所詮はかないものだけど、とにかく立ち上がらないことには何も始まらない。そうやって日本人はこれまでもがんばってきたのだろう。

    都市部と郊外部とでは事情も異なっているだろうし、もちろん一概には括ってしまうことはできないだろうけれど、4日間熊本の街を歩き回って、いろんな人たちと話をして、個人的にはしっかりと前向きの印象を受けた(地震発生から間もない時期に訪れていれば、また違う印象を持ったのかもしれないが、住民のみなさんがまだ被害の渦中におられるときにやってきて、かえって迷惑をかけることになってはいけないと思ったので、5カ月の間を置いて訪問することになった)。

    今回の、9月初めの熊本行きの目的のひとつは、熊本復興支援「するめ基金」活動の一環として、チャリティー・イベントを催すことだった。都築響一くんと吉本由美さんと僕とで集まって何かをやって、その入場料を「するめ基金」の一部とすること。それで「早川倉庫」という催し物会場(昔の醸造所を改築したとても興味深い施設だ)を借りて、250人近くの人を集め、トークと朗読会みたいなことをやった。遠くはわざわざ青森からみえた方までいて、3時間ほどの「集会」だったけど、みんなでなかなか楽しく盛り上がりました。お酒でも飲みながらリラックスしてやれればよかったんだけど、事情があってそれはできなかった。

    もうひとつ、実際に熊本に来て、その現在の状況を目にして、全国のみなさんから寄せられた「するめ基金」をどのように使うか、その使途を決めるという目的もあった。大事なお金だから、もちろん大事に慎重に扱わなくてはならない。というわけで、3人がそれぞれに「私は熊本復興のこういうところにお金を使いたい」という意見を述べあった。寄付の受付は年末まで続くので、最終的に締め切られた段階で、集まったお金の具体的な使い途をあらためてご報告したいと思う。段階に応じて『クレア』に活動レポートをアップしますので、どうかごらんになってください。(後編に続く)

    CREA編集部より

    CREA編集部では、熊本県を震源とする「平成28年(2016年)熊本地震」におきまして、被災地のみなさまの支援を目的とした「CREA〈するめ基金〉熊本」を立ち上げました。

    被災地のみなさまには、あらためてお見舞い申し上げます。

    開始以来、たくさんの方からご寄附をいただいております。基金の趣旨にご賛同いただいた方々に厚く御礼申し上げます。

    支援金の募集は、2016年内を持って締め切らせていただきます。

    12月2日現在のご寄附の総額は13,005,309円です。

    使い方や支援先については、今後、随時ご報告させていただければと思います。

    支援金の募集は締め切りますが、これからもこの活動は続けていきます。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

    2016年12月6日CREA編集部

  • 和米基喝杯咖啡

    和米基喝杯咖啡 2016-12-08 11:28:09

    http://crea.bunshun.jp/articles/-/12035

    「東京するめクラブ」より、熊本再訪のご報告(後篇)

    文=村上春樹

    この前に熊本に来たときに、いろんな場所を訪れて、その記事を『クレア』に掲載し、また『ラオスにいったい何があるというんですか?』という僕の旅行記(みたいなもの)に収録したのだけど、そのときに訪れた場所を再訪し、地震の被害状況をこの目で確かめに行きたいというのもまた、僕らの来熊(「らいゆう」と読む。熊本県人以外にはまず読めないんじゃないか)の目的のひとつだった。

    この前に朗読会をやったとても小さなインディペンデント書店「橙(だいだい)書店」は地震によってすべての本が床に散乱したものの、建物自体は無事だった(とはいえ近々引っ越すそうだけど)。看板猫の白猫しらたまくんも、恐怖のために一時期トラウマを負っていたものの、今では昔通りに回復し、ちゃんとお店に「出勤」して、看板猫の役目を果たしている。よかった。

    熊本は書店の多い街だが、「橙書店」だけではなく、ほとんどの書店は無事に営業を再開し、いつも通りの賑わいを見せていた。書店の多い街というのは気分がいいですね。ただこの前、僕が立ち寄って少しだけ本にサインをした「カッパの書店」こと「金龍堂まるぶん店」は、繁華街のど真ん中にありながら、シャッターをぴたりと閉ざしたままだった。たぶん建物に何か不具合があったのだろう。シャッターには街の人々からの「カッパがんばれ!」のメッセージがたくさん貼り付けられていた。がんばっていただきたいと思います。

    それから夏目漱石が熊本で最後に住んだ家屋(漱石は4年3カ月熊本に住んだが、その間に6回も引っ越した)は、古い木造家屋だけあって、あちこちに痛々しい被害を負っていた。塗り壁がごっそり剝がれ落ちて壁の向こうが見えていたり、屋根瓦が落ちてなくなったり。でも建物の構造自体にはとくに大きな被害はなかったそうで、僕としてもほっとした。手直しをすればたぶん元通り近くに修復できるのではないか。明治時代からそのまま残っている昔ながらの日本家屋だけど、そのタフさには敬服してしまう。タフと言えば、漱石が5番目に住んだ「坪井の家」も、後世になって隣にくっつけて増築された洋館はすっかり崩れてしまったのに、漱石が住んでいたもともとの和風の家はほとんど傷つかずに残ったということだ(ただし今のところ「要注意建物」と認定されて、一般公開はされていない)。移築補強された「大江の家」(漱石が3番目に住んだ家)は壁が少し崩れただけで、これもしっかり健在だった。漱石ファンのみなさんはほっとされたことだろう。しかし明治時代の熊本の貸家はみんな立派な作りだったんだなと感心してしまう。

    熊本城の惨状に心が痛んだ

    できれば被害の大きかった南阿蘇まで行って、いろんなところがどうなっているか確かめてみたかったんだけど、幹線道路が寸断されたままになっていて、往復の時間が計れなかったので、残念ながら今回は訪問することができなかった。見事なトピアリーを巡らせた県道沿いの焼きトウモロコシ屋さんは無事だったかなと案じていたのだが、地元の方の話に拠れば、たいした被害もなく、あのトピアリー群はいまだ健在であるということだった(よかった)。

    でもなにより心が痛んだのは、熊本城の惨状だった。今回とくべつに熊本県庁と熊本市役所のご厚意によって、一般の人は立ち入ることのできない熊本城内のエリアを案内して見せていただいたのだが、その被害のあまりの大きさに一同、まさに言葉を失ってしまった。これまでテレビのニュースで見たり、新聞・雑誌の写真でひととおり見てはいたのだが、自分の目で実際に見るその崩壊のすさまじさは、とてもとてもそんなどころじゃなかった。

    僕らが訪れたときには、崩れた石垣をひとつひとつ積み直し(残された写真を参照して、ばらばらになったすべての石に番号を振り、ジグソーパズルをはめていくみたいに正確に再現する)、倒れた塀を元通りに立ち上げ、歪んだ建物をまっすぐにしていくという、気の遠くなるような作業の見通しがようやくついたところだった。これから重機が運び込まれ、具体的な再建工事が開始される。気の遠くなるような大変なお仕事だと思うけど、がんばっていただきたい。「この瓦礫の山の中から、本当にあの美しいお城が再現できるのだろうか」とつい心配になってしまうのだが、熱意と技術力を結集すればきっとうまくいくと思う。そして熊本城再建が、おそらくは熊本復興の大きなシンボルになっていくことだろう。

    僕と都築響一くんの最初の熊本訪問は、吉本由美さんの在住する熊本(生まれ故郷だ)を訪れて、ひさしぶりに3人で「するめクラブ」のリユニオンみたいなことをやろうか……というような、ごく気楽な気分から出てきたことだったのだけど、その後まもなくあの大きな地震が起こり、「これは僕らとしてもなんとかしなくては」と思って、このように『クレア』誌面を借りて「するめ基金」を立ち上げ、及ばずながら熊本復興をお手伝いさせていただくことになった。すべては行きがかりというか、ご縁のようなものだ。でもそういうものこそ、やはり大事にしていきたい。

    それほどたいした役にも立てないかもしれないけれど、僕らとしてもできるだけのことはやりたいと思っています。熊本のみなさんも、ずいぶん大変でしょうが、それぞれの場所でがんばっていただきたいと思います。それから「するめ基金」にご寄付いただいた全国のみなさんには、心からお礼申し上げます。おかげさまで予想していたより遥かに多くのお金が集まりました。関係者一同に成り代わりまして、深く感謝します。ありがとうございました。

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